串団子は難解だ。
私のいう串団子とは、
スーパーで見かける3本入りの串団子。
こいつだ。
![]()
まずはじめに、
開け方の正解がわからない。
このテープはどう剥がすべきなのか。
こうなのか?
![]()
こうなのか?
![]()
それともこうなのか?
![]()
人間性が問われているとしか思えない。
また、配列通りの順番に手に取るのがマナーなのか?
![]()
それとも、
真ん中から取り、左右のバランスは崩さず、
2番手に受け渡すのがベストなのか?
ただいきなり真ん中からなんて、
烏滸がまし過ぎやしないか?
![]()
「いざ実食!」
となっても悩みの種は尽きない。
![]()
そう。
最後の1つの食べ方が全くもってわからない。
![]()
焼き鳥の場合は、素直に横から食べるのに、
何故串団子だと一瞬悩むのか?
我々は串が喉に刺さるリスクを
冒しながらも、真正面から挑もうとする。
大和魂とはこのことなのかもしれない。
そして食べ終わると、
![]()
この串がまた厄介だ!
元の位置に戻すべきか?
それとも、ゴミ箱に捨てるべきか
非常に悩ましい。
元の位置に戻すことは一見、
然るべきマナーとも思えるし
見栄えもいい。
![]()
しかし、衛生的にはどうだろう?
![]()
人の口に入った串を
まだ誰も手をつけてない団子と
同席させるのは本当にいいのだろうか?
ただ、ゴミ箱に捨てるリスクを忘れてはならない。
割り箸同様、ゴミ袋が突き破れる
危険性を秘めている。
![]()
その姿はまさに、
置かれた環境への不満や抵抗そのものだ。
![]()
![]()
串があってこそ団子というのは、
存在感や風情が増し、
胃袋だけでなく
心の状態まで満たしてくれる。
そう思うと串はパックの定位置に
そっと戻すのが礼儀なのかもしれない。
人の口に団子を届ける任務を終え、
無事に帰還したその姿は
どこかたくましくなった様にさえ思える。
![]()
その成長を感じながら、お茶を一口。
余韻に浸る。
私はこれを後夜祭と呼ぶ。
串団子は難解ながらも、
こういった大人の楽しみ方も味わえる
人間を成長させてくれる一品だ。
![]()
終
![]()
串団子の食べ方
(カテゴリなし)